大判例

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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)7736号 判決

原告

村松幹三

右訴訟代理人

千葉保男

上野伊知郎

被告

株式会社ニツトー

右代表者

清水始

右訴訟代理人

戸田宗孝

主文

被告は、原告に対し、金二五万円およびこれに対する昭和四七年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。この判決は第一、三項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者双方の申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一〇〇万円およびこれに対する昭和四七年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  原告の請求の原因

一  原告の職業

原告は、パンフレット、カタログ等のデザイン、絵画の制作を主たる業務とするイラストレーターである。

二  原告の著作物

(一)  原告は、昭和四六年六月ころ、被告から、「シーサイド・レジャー・プランニング・アンド・エンジニアリング」と題するパンフレットに使用するイラストレーションの制作を依頼されてこれを承諾し、間もなく、これを制作して被告に引き渡した。

(二)  原告の製作した前記イラストレション(以下「本件イラスト」という。)は、原画を、トレーシングペーパーに墨で書き、それをケント紙に糊で貼りつけ、その後で着色するので色にニジミが出、それによつて遠近感をあらわすのが特徴であり、明るく楽しく等の感情を表現したものである。

三  被告の、著作者人格権の侵害行為

しかるに、被告は、本件イラストの全面にわたつて、色を塗り重ねて修正改変し、これを前記パンフレットに使用した。被告の右修正改変行為は、本件イラストの同一性を害するものであり、原告のイラストレーターとしての生命を脅かし、その信用を著しく失墜させるものである。現に、原告は、前記パンフレットを見た得意先から、原告の作品であるのかと疑われているのである。

四  原告の精神的損害

原告は、前記侵害行為により多大の精神的苦痛を被つたが、これを金銭で慰謝するとすれば、金一〇〇万円以上が相当である。

五  請求

よつて、原告は、被告に対し、前記慰謝料金一〇〇万円およびこれに対する不法行為の後である昭和四七年九月二九日から支払ずみまで民法所定五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  被告の答弁

一  請求原因事実の認否

(一)  請求原因一の項の事実は認める。

(二)  同二の項の事実中、被告が、原告から本件イラストの引渡を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

被告は、昭和四六年二月ころ、訴外伊藤忠商事株式会社の海洋開発室から、シーサイド・レジャー施設を開発しようとする特定の地方公共団体その他に対し、シーサイド・レジャー用の機械器具の講入、施設の施工の発注を勧誘するために使用する総合パンフレット(名称は、原告主張のとおり、「シーサイド・レジャー・プランニング・アンド・エンジニアリング」)の原案の作成、印刷製本、納入の注文を受けたので、その原稿の製作を原告に依頼し、原告は、被告の指示に従つてこれを制作することを約し、被告は、原告に対し、代金四〇万円を支払う旨約束したのである。そこで、原告は、被告のレイアウトに従つて、前記パンフレットの原稿の一部として、シーサイド総合レジャープランの全貌をイラストしたのが本件イラストであつて、同年三月一〇日ころ、その制作の仕上をしたのである。

(三)  請求原因三の項の事実中、被告が、本件イラストの一部に修正改変を加えたことは認めるが、その余の事実と主張は争う。

本件イラストには、被告の指示によつて入れることになつていた海水淡水化装置の表示が欠けており、また、海の部分が色インキを使用して描かれていたためその看者に訴える効果が悪かつた。被告は、昭和四六年四月二〇日、本件イラストを含む前記パンフレットの原稿を、発注者である前記海洋開発室に示してその承認を求めたところ、本件イラストを除くその余の原稿の承認を得たが、本件イラストについては、前記欠陥を直すことを求められ、当時、被告が、印刷所に対し、直ちに原稿を回付する必要に迫られてもいたので、発注者の要請に応じて、被告の事務担当者大平国男が、本件イラストに、前記海水淡水化装置を描き加え、海の部分をポスターカラーで塗り直し、修正改変したのである。

(四)  請求原因四の項の主張は争う。

二  抗弁

(一)  被告は、本件イラストの制作を原告に依頼した際、原告から、本件イラストの改変につき明示または黙示の承諾を得たものである。

(二)  パンフレットのような商業上の広告宣伝文書のイラストおよびレイアウトについては、発註者からその制作を請負つた元請業者が、同業者にその制作事務の一部を下請させる場合、元請業者は、下請業者の制作した原稿を、急を要する場合に改変することを容認する慣習があり、原告は、本件において、この慣習に反する特約をしていないから、被告の改変は適法である。

(三)  本件イラストは、前記パンフレットに使用する目的で制作されたものであり、その利用の態様からすれば、前記改変はやむをえないものであるから、原告は、本件イラストの同一性保持権を主張しえないものである。〈後略〉

理由

一原告が、本件イラストを著作したことは当事者間に争いがない。

二〈書証〉、証人O、Tの各証言部分、原告本人尋問の結果および本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、本件イラストは、原告が、被告の依頼に基づいて制作したものであつて、被告が、訴外I商事株式会社の海洋開発室から、同社の所属するD銀行系列の会社で組織する第一海洋開発研究会が、シーサイド・レジャー施設を開発しようとする地方公共団体等に対し、シーサイド・レジャー用の機械器具の販売、施設施工の受註のための広告宣伝用として配布するパンフレットの注文を受け、そのパンフレットの全体的な構成とその一部として使用する本件イラストの製作を含めて原告に依頼したものであること、原告は被告に対し、パンフレットに盛り込むべき素材として広告用文言と写真の提供を受けて、被告社員Oの指示を得たうえ、その構成を完成、本件イラストについては、これに表示すべき機器、施設等の協議を遂げたうえ、四、五回にわたり被告を通じ、I商事株式会社の意向によつて修正し、これを完成し、被告に交付したものであること、ところが、本件イラストは、前記海洋開発室から「海の色が激し過ぎる。海水淡水化装置が表示されていない。」との苦情が出たので、Oは、原告に対し、電話で、海の色を変えるについて連絡したところ、原告からは、印刷の時に変えたらよかろうと返答されただけで、本件イラストに手を入れるにつての承諾は得られなかつたが、印刷に付すべき時期が切迫していたので、Oは、海洋開発室のIと協議しながら、みずから筆をとつて、本件イラストの透明で鮮やかな、青インキで塗られていた海の色をポスターカラーで一様に塗り重ね、あわせて、子供の国、モータープール、青年の家(ユースホステル)、ダイビングクラブの各地面の色、ピジターセンター、ダイビングクラブの各屋根および定期船の色および草の色をそれぞれ塗り替え、海水淡水化装置が脱落していたのでこれを書き加え、海中展望塔、ダイビングセンターを描き替え、これを印刷に回して、目的のパンフレットを作成したものであることが認められ、〈証拠排斥〉

三次に、被告の抗弁について検討する。

(一)  被告は、本件イラストの制作を依頼した際、原告から本件イラストの改変につき明示または黙示の承諾を得た旨主張し、前記証人Oの証言中右主張に添う部分があるが、これは、原告本人尋問の結果と前記認定の海の色を改変するにつきOが原告にわざわざ電話で連絡をしている事実に徴し、とうてい採用できないし、ほかに右被告の主張を肯認できる証拠は存しない。

(二)  被告は、また、本件のように受註者(元請)である被告から更に受註を受けた下請の原告は、元請の被告において原告の制作した原稿に改変を加えることを容認する慣習がある旨主張し、前記O、T両証人の証言中には右主張に添う供述部分があるが、原告本人尋問の結果に照らし、いずれもにわかに採用できない。ほかに右被告の主張事実を肯認できる証拠は存しない。

(三)  更に、被告は、前記被告の改変行為は、著作権法第二〇条第二項第三号の「著作物の性質並びにその利用の目的および態様に照らしやむを得ない」ものであるから、原告は、著作物の同一性保持権は主張できない旨主張するが、本件イラストの前記利用の目的および態様からしても、被告のした前示改変行為は、とうてい、やむをえないものということはできないから、この被告の主張も採用できない。

四そうだとすると、被告社員Oが被告会社の職務の執行としてした前記本件イラストの改変行為は、原告の本件イラストにつき有する同一性保持権を侵害するものといわなければならず、被告は、これによつて被つた原告の精神的損害を賠償する責任がある。

五原告は、被告の前記侵害行為によつて、精神上少なからず苦痛を被つていることは容易に推認されるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、年令三五才で、高校卒業後、日本画家に師事し、イラストレーター、デザイナーとして一二、三年の経験を有するものであり、この間G研究社の百科辞典、子供向きの本その他の単行本、F生活社の料理の本の各イラストを制作し、その他イラストレーターとして活躍して来たものであること、国内において現に活動中のイラストレーター約一、〇〇〇人中五〇〇人の中に入ると自負しているものであること、本件イラストの大きさは縦約四〇糎、横約八〇糎のものであつて、被告から得た本件イラストの使用料は金一万円であつたが、これを売却するとすれば、その対価は、およそ金二〇万円であることが認められ、この事実に、前記認定の侵害の態様を勘案すると、前記原告の被つた精神的苦痛を慰謝するには、金二五万円が相当であると認められる。

六よつて、原告の本訴請求は、右金二五万円およびこれに対する不法行為の後である昭和四七年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 野澤明 清永利亮)

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